清元ひとすじ


「清元ひとすじ 志津太夫一代」を読む。
二百頁あまりの本を一気に読み終えた。
はじめ世阿弥の「風姿花伝」のような芸術の指南書かとおもったが、
清元志寿太夫(きよもとしずだゆう)の半生を綴った、
作者のぬくもりが感じられる親しみやすい本だった。


「昭和の黙阿弥」と称された宇野信夫氏の「序」の中で、
「この世の中で、志寿太夫ほど幸福な人はいない。」
と述べられ、こんな短歌を詠んでいる。


   清元の清き流れを志寿太夫
     ももとせまでも棹さして行く


清元志寿太夫は小島氏の短歌の通り、
101歳の長命で、まさにももとせ(百歳)まで清元ひとすじの人生であった。
何度もこの本に書かれているが、
清元を唄うことがなによりも幸せであり、
金や名誉ではなく、
ただただ清元を唄うことが志寿太夫の喜びだった。
まさに「清元の清き流れを志寿太夫」であった。


五代目清元延寿太夫(えんじゅだゆう)と清元寿兵衛(梅吉)との確執、
清元の分裂の経緯や、
師匠である五代目延寿太夫が芸に厳しかったことはもとより、
企業出身であることからお金にシビヤであったことなども、
包み隠さず書いていて興味深かった。
清元の歴史の証言としても貴重な本だと思う。


先般亡くなった父の趣味が清元で、
この志寿太夫と五代目延寿太夫の名前がよく出てきたのを覚えている。
清元に明るくないわたしは、父の話がよく理解できなかった。
ただしそんな私ではあるが、このお二人の名前は覚えていた。


この「清元ひとすじ」という本には何がしか縁(えにし)のようなものを感じる。
なぜならこの本は清元に造詣のある知人から、
「お読みになったら」
とのご好意からお借りした本なのだ。
知人を通して、
「おまえも読んでみろよ」
と父が読む機会を与えてくれたのかもしれない。


会社の仕事のかじ取りも一層波高く、
業界団体の役員としても岐路に立っている。
そんな折、芸道ひとすじの志寿太夫の生きざまはさわやかな風を運んでくれた。


亡き父の「しのぶ会」には清元宗家の七代目延寿太夫が足を運んでくださった。
「お父様にお逢いしたかった」
と家元から直接お言葉をかけていただいた。
父の誉だなと思う。