思い出の万年筆

 

その日、業界団体の理事会の席で、
当時の副会長のN氏から声を掛けられた。
「ちょっと書くもの貸してもらえますか。」
「どうぞ。」と万年筆をお渡しすると、
「ほうモンブランですか。」
とまじまじと万年筆を見て、
さらさらとやや大きめの達筆の文字を書かれていた。
「お若いのに書き物を大切にしてるんだね。」
と微笑まれていた。


私は、このN氏が業界団体の副会長を退任されて、
その後任の副会長に就任した。
N氏は副会長を退任されると業界団体も退会された。
「副会長までされたのに退会するとは裏切りだ。」
そんなことを話される理事もいらした。
私はお世話になったN氏に毎年夏に、時候の挨拶の扇子を送った。
必ずお礼の電話を頂き、
「ありがとう。汗っかきなんで、扇子重宝してます。」
といつも快活な声だった。


 昨夜、N氏のお通夜に伺った。
享年78歳。
内ポケットにはモンブランの万年筆を差して。
N氏の威風堂々とした遺影に、
「ありがとうございました。」
と手を合わせた。