選ぶ力


五木寛之著「選ぶ力」を読んだ。
読みながらハッとする箇所があった。
専門の医師の「治す」(なおす)「治る」(なおる)を
五木寛之が治める(おさめる)と読むところだ。


「治める」とは、不安定な状態をなんとか安定させることであり、
 物事を静めるの意味だ。


五木寛之著「選ぶ力」より


五木寛之は、人間は生まれながらに病人だと考える。
死のキャリアとしてこの世に生を受けたのだと。
仏教的な考え方での四百四病(しひゃくしびょう)は自らのうちにあり、とする。
病気を「完治する」などとは現実にありうるのかと、
病を完全に克服することなど、不可能だと。
それゆえ、「治める」しかないのではないかと。


私の猫背も整体で随分矯正されたけど、完治?はされていない。
猫背を治したというよりはむしろ整えた、治めたとの実感がある。


いまひとつ印象に残ったのは、
世の健康ブームの中で、
五木寛之ブッダの「苦」を取り上げたことだ。
この世は「苦」である。
この世は不条理・理不尽で思い通りにならない。
ブッダの最後のことば。
「自分自身を頼りに生きよ。そして真理を見失うな」
五木寛之は、ブッダの「真理」を人間は、生まれて、やがて死ぬことだと説く。


「人間は自分自身を頼りに生きよ」
「私たち人間は、生まれて、やがて死ぬ。そのことは疑いない」
そのことを見究めた上で、自分自身の判断で選ぶことではないかと。