[エッセイ] 心の師


 海外の駐在生活を終え、なぜか私の脳裡に浮かんだのが、
 小林秀雄のことであった。
 すでに小林秀雄は、鬼籍に入っていた。
 私の心は、小林秀雄のお墓のある、
 鎌倉の東慶寺に向かっていた。
 小林のお墓に手を合わせたい気持ちで一杯になり、
 わたしは、横須賀線に乗っていた。
 北鎌倉で下車すると、夏の日射しが眩しかった。
 しばらく小走りに歩くと、東慶寺の山門についた。
 山門の急な階段を登る。
 心が羽になり、飛んで行きたい気持ちに襲われた、
 そんな自分自身に驚いていた。
 ところが墓前で手を合わせると、
 洗われたように心が軽くなり、落ち着いた気持ちになった。
 海外生活での数々の苦労が、浄化される思いがした。
 やぶ蚊に刺された足は、少々痒かったが、
 東慶寺をあとにする私の心は、なんとなく清々しくなっていた。



 *小林秀雄(こばやしひでお)

 明治35年(1902年)東京生まれ
 東京帝国大学仏文科に学ぶ
 昭和4年「改造」の懸賞小説に応募した「様々なる意匠」が
 二席に入選、以後批評家として活躍。
 日本における近代批評の確立者といわれる。
 作品には「モオツアルト」「ゴッホの手紙」「本居宣長」などがある。


 個人的には「無常といふ事」に惹かれる。


 *鬼籍(きせき)

 過去帳。「鬼籍に入る」死ぬこと




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