女は跳ねて鮎(あゆ)になる

小説家高橋治は、女性の科白を一筆書きの絵にする。
艶やかな黒髪のような毛筆で・・・


女であることを、
恋人の都築に全身で訴える、えり子の科白は見事だ。


「・・・・こんなこと・・・・自分で・・・・おかしいけど・・・・
 綺麗な体を・・・・してたのよ。・・・・それをこんなことに・・・・
 惨めに・・・・待たせて」

「いわなくていいんだ、そんなことは。・・・・綺麗だよ、君は」

「嘘よ。・・・・待たせた上に・・・・こんな・・・・ああ、こんなにして」


   高橋治著 『風の盆恋歌』より


若くて綺麗な姿の自分を抱いて欲しかったと、えり子は訴える。
その、美しい姿がやがて、えり子を鮎に変身させる。
白日夢を泳ぐ鮎となる。


「・・・・鮎よ」

「え」

と聞き返す言葉を辛くも押さえた。

「・・・鮎・・・細い、糸のような・・・藻よ。
 ・・・岩についてるの。・・・若草色の藻よ。・・・あ、
 揺れてる。・・・岩だわ。・・・小さな、可愛い石がいっぱい。
 ・・・陽ざしが・・・石の上で、チラチラして、・・・ああ、
 私の体にも・・・さしてる・・・・」

はっと眼を見開いた。信じられないという表情が走った。

「私、なにか、いった?」

「鮎になったのか」

都築は微笑みかけた。


   高橋治著 『風の盆恋歌」より


えり子は、恋人の都築に抱かれ、鮎になる。
恋人の腕の中の、めくるめく恍惚が、活き活きと跳ねる鮎に変える。
えり子に鮎が憑依する。
ヒロインえり子の、強烈なナルシズムの幻想、
それが鮎。
えり子は、一服の日本画となる。