マイ・ラスト・ソング


久世光彦(くぜ・てるひこ)著の、
「ベスト・オブ・マイ・ラスト・ソング」を読んでいる。
久世光彦氏は1935年(昭和10年)東京生まれ。
2006年(平成18年)逝去。
東京大学文学部美学科卒業。
東京放送(TBS)に入社。
「時間ですよ」「寺内貫太郎一家」「ムー一族」等の、
ヒットドラマを制作した。


私は、久世光彦向田邦子の組んだドラマが好きだった。
「時間ですよ」「寺内貫太郎一家
白か黒か・ONとOFで括れない人間模様を久世・向田のコンビは、
丁寧に描いていた。
日本人の琴線に触れるドラマを世に送り出した。
だから、明治生まれの祖母、昭和一ケタの母、
1960年代に生まれた私も一緒に楽しめた。


同じ久世光彦の、
沢田研二主演の「悪魔のようなあいつ」もゾクゾクしながら見ていたが・・・・
当時新進気鋭の映画監督だった、
長谷川和彦が脚本を手がけていたように記憶している。


この「ベスト・オブ・マイ・ラスト・ソング」のこんな文章が好きだ。


「男は誰でも、心の片隅でいつも一人の不良少年である」


「みっともなくジタバタするに違いないくせに、
 何とか最後のときぐらいは絵になって死にたいと思うのは、
 あながち私が生まれついてのロマンチストというだけではあるまい。」



「昔はずいぶん短い歌があった。立ち小便をしながら、
 二番まで歌えるくらいのものもあったのに、
 このごろ歌詞が長くなって一番も歌いきれない」


「昔はずいぶん短い歌があった。立ち小便・・・・」
の文章には、苦笑してしまった。
昭和から平成になり、短い七五調の歌詞は皆無に等しくなった。
誰でも口ずさめる歌が街から消えてしまった。
明治・大正・昭和・平成と、
世代を超えて、口ずさめる歌が・・・・・・


そういえば、久世光彦は、市川睦月のペンネームで作詞をしている。
天地真理の「ひとりじゃないの」
香西かおりの「無言坂」は彼の作品だ。


「時間ですよ」「寺内貫太郎一家」のように、
お茶の間で家族団らんで見るドラマが、消えて久しい。
昭和は遠くなりにけりなのかもしれない。


蛇足だが、小泉今日子が女優として開花したのは、
名伯楽(めいはくらく)久世光彦の存在があったからではないかと思う。


   『名馬常にあれど名伯楽常にあらず』