つやのある生き方


句集を捲っていて目に留まった文章。


「生きる」ということは、「おのれ自身の場所」を探すことであるから、
肩に力が入らないように気を付けながらも、「確かに生きた証し」になる、
つやのある俳句を作りたいと願っているのである。


鈴木詮子句集 「厳門」より


つやのある俳句とは生きた証しになるのではないか。
そんな文章に惹かれるのは、
つやのある俳句、つやのある生き方への憧憬がわたしにあるからだろうか・・・・