名義変更


判は一度だけかと思っていた。
それなのに、なんやかんやと判を押すことが多い。
今日も会社の昼休みに保険の受取人の名義変更で、
外交員を雅美は呼んでいた。


雅美は先月、離婚届に判を押し、
正式に夫と別れた。
別段、夫の浮気があったわけでもない。
しかし、漠然と5〜6年前からこの男(ひと)と、
別れるかもしれないと、思っていたのも確かだ。
でも、自分自身に別れるだけのエネルギーがあるのだろうか、
そんな不安もつねにあった。


専業主婦から外で働くようになり、
次第に雅美に一人で生きてゆくことへの自信がついてきた。
そして一人息子も独り立ちして、
結婚25年目の熟年離婚となった。
離婚を切り出したのは、
雅美の方からだった。
夫はさして狼狽する事もなく、
「わかった」
と応えるだけだった。
意外に夫は、以前から自分の心の中を察していたのかもしれない、
雅美にはそんな気がした。


この保険も、夫には内緒で加入した保険だ。
ちょうど、5年前だった。
雅美が、死亡したときの受け取り人の名義は夫にしていた。
「離婚」という文字が頭に浮かんだ頃だ。
「離婚」に傾く心と、
どこかでまだ夫と繋がっていたい、
そんな気持ちが、この夫名義に、
込められていたのかもしれない。


取りあえず、受取人の名義変更は、
息子にしておこう。
事務的に、雅美は名義を夫から息子に変更した。


ところが、何故か目頭が熱くなる自分を意識した。
自分に自分がビックリしている。
素直な雅美の気持だった。
離婚届に判を押したときは、あんなに冷静だったのに・・・・・
それでも、雅美は何事もなかったように、
名義変更の判を押した。


そして思うのだった、
もし、仮に好きな男性が現れ、
再婚したとしても、
受取人は、夫名義に変更しないだろうと・・・・