お座敷で


「入院しなさいってわれたけど、お店に出てると元気になるから、
 お医者さんと相談して入院しないことにしたんですよ」
「なかなか自分からお客さんに来てくださいって電話できないのね、
 料亭のプライドみたいなものがあるんでしょうね」
先日、90年続いている料亭の女将さんと久しぶりにお話をした。
体調を崩されているからなのか、
いつもの女将さんと違いちょっと弱気だなと思った。
この女将さんなかなかの毒舌だが、人間観察は鋭い。
私が連れて行った得意先の課長に、
「あなたは出世するわよ」
細木数子のように予言したが、
その課長は確かに出世して役員に昇進した。


襖が開いて女性が挨拶にいらした。
面(おもて)を上げると、
見覚えのある切れ長の涼やかな目が・・・
昔馴染みの芸者さんが仲居をしていた。
彼女は結婚したとのことだったが、
別れて芸者に出ていたこの店で働いていた。
「お久しぶりです」
と挨拶をした女性は相も変わらず着物がお似合いだった。
「どう君も飲む」
とお酒を勧めたが、
「最近お酒飲めなくなっちゃて」
と言ってやんわり断っていた彼女だったが、
しばらく話すうちに、
ニッコリ笑って、
「飲んじゃおうかな」
とコップを差し出した。
お酒を飲みながら四方や話に花が咲いた。
「二人子どもはいるけど戸籍は傷ついてないんですよ」
「男はもうこりごり」
と言って、
彼女は鶴のような細い首を傾(かし)げた。