縁切り寺


九鬼は思い立った。
思い立ったら横須賀線に乗っていた。
「お参りしよう小林秀雄の墓を・・・」


頭の中が蜘蛛の巣だらけのような状態が続いていた九鬼。
心が折れそうな出来事もあった。
そんな九鬼にあの東慶寺小林秀雄の墓が、
何の脈絡もなしに浮かんだ。


北鎌倉駅を降りると、鎌倉は紫陽花の季節だった。
梅雨晴れの風が吹くと、湯船に浮かんでいるようにユラユラと花が揺れる。
重たげに紫陽花の花を支えている茎が、
美しい婦人の細い首のように思えた。


東慶寺の山門に佇み、
九鬼は明るい気持ちになっていた。
「縁切り寺か・・・」
今を盛りに咲く赤青白のアジサイ
頭の中の蜘蛛の巣を断ち切るには九鬼にとって、
縁切り寺の東慶寺は気持ちよかった。
九鬼は境内を歩きながら、
「今日鎌倉へ行って来ました 二人で初めて歩いた町へ・・・」
そんな歌を快活に口ずさんでいた。


参道をしばらく歩き、崖の方へ左に折れると小道がある。
小道の突き当たりの崖の真下に小林秀雄の墓があった。
墓は五輪塔

如来座像が墓石に刻まれている。
風雨に晒されてるからか、
如来さまは目鼻がはっきりせず、のっぺりとしている。
苔生した文士の墓。
苔と墓石が一体となってる。
九鬼は思った。
「いつかこの墓と苔とは、時が流れ同化するのだろう。」
自然に身を任す墓石と苔にやすらぎを感じた。


静かに手を合わせ、
赤いあじさいに九鬼は別れを告げた。