「向田邦子展」〜凛として生きて

銀座松坂屋で、「向田邦子展」に立ち寄った。
没後二十五年を節目としての、イベントである。
展示では、「おしゃれ」「すまい」「食」「旅」などをテーマに紹介されていた。
おしゃれでは、良質な素材の、洗練された服を、
若いときから着こなしていたことが分かった。
食では、旨いものをこよなく愛しむ、向田邦子の姿があった。
器もシンプルな中に、個性があるものを使っていたようだ。
日々の暮らしのなかで、食と器は一体であり、なにか特別な物としてではなく、
扱われている印象をもった。
向田邦子文学少女だと思っていたが・・・・
意外にも、かけっこが得意で、何枚も一等賞の賞状が展示されていた。
旅の写真で、目に付いたのは、アフリカで写したメスライオンが、
躍動的に撮られていたところだ。
向田邦子はコラット種の猫を、ペットにしていたことからも、
ネコ族に、興味があったのか。
男性からは、少々、向田邦子の雰囲気は、隙のない、固い雰囲気がする。
気軽には、ちょと声を掛けにくいかんじだ。
向田邦子には、どこか男性が近寄りがたい、身持ちの固さがある。
人間は、才能があり成功しても、やはり寂しさはついてくる。
彼女にも、理想のシングルライフ、あるいは自立の素晴らしさもあっただろう。
しかし、私が惹かれたのは、
ふと、フェルメールの「青いターバンの少女」を、彷彿させる、
どこか、無防備な表情の写真だった。
それは、クロワッサン特別編集「向田邦子を旅する」の一枚だった。
肩に千鳥格子のジャケットを羽織った、
少し不安気な、向田邦子の姿であった。
女の不安を感じるとき、男がなにかしら力になりたいと思うことがある。
そんな気持ちになった、自分自身に少しばかり驚いていた。



向田邦子原作、久世光彦プロデュース。
 「寺内貫太郎一家」が、会場で放映されていて懐かしかった。
 浅田美代子西城秀樹も若く、なんとなく、加藤治子に色気を感じた。
 貫太郎の、小林亜星は、当時も今もあまり変わっていなかった。



向田邦子の代表作、「思い出トランプ」の「かわうそ」を引用してみる。 

「火事も葬式も、夫の病気も、厚子にとっては、
 体のはしゃぐお祭りなのである。」

「西瓜の種子みたいに、小さいが黒光りする目が、
 自分の趣向を面白がって踊っている。」

厚子という女の描き方が、絶妙だ。 
 かわうそっぽい厚子の本性を的確に表現してる。
 いつも向田作品を読んで感じるのは、
 言葉を手繰り寄せる術を心得た、書き手だということだ。



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