燻し銀の夫婦


ある知人の葬式でのこと。
喪主の奥様は、七十歳。
亡くなられた御主人は、八十五歳であった。
焼香もすませ、喪主の挨拶になった。
「主人は、心のきれいな人でした。
 私は、主人ほど心のきれいな人を知りません。」
「心のきれいな人」奥様がおっしゃった、その言葉が、
私の胸を締め付けた。
若い頃から、亡くなられた御主人は、十五歳年下の奥様を、
「ばばあ、ばばあ」と呼んでいた。
よく、周りの人たちは、
「十五も年下の女房を、ばばあ、なんて呼ぶなんて」
と、眉をしかめる人もいた。
御主人は、少々口の悪い人で、通っていた。
そんな、御主人を誇りをもって、
「心のきれいな人」そう語る奥様に、
私は、感動していた。
夫婦には、夫々の夫婦の歴史がある。
きっと、世間では、知られていない、御主人の奥様にたいする、
やさしい心使いが、あったのだろう。
最後に、女房から「心のきれいな人」
そう挨拶された御主人は、亭主冥利に尽きる。
山内一豊の妻、千代も賢妻の誉れ高いが、
こうした市井の人の、さりげない、いたわりの言葉に、
燻し銀のような、ご夫婦の姿を見る思いがした。


*市井の人 (しせいのひと) 庶民の意味 



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