刑死前夜

  この済める
  こころ在るとは識らず来て
  刑死の明日に迫る夜温し 島秋人 「遺愛集」所収


大岡信の「折々のうた朝日新聞2006年6月15日付
に目がとまった。
この作者は、死刑を執行された死刑囚であり、
この短歌は作者の、刑死前夜の作品とのことだ。
刑死前夜の自らのこころを、作者は済めるこころと詠んでいる。
明鏡止水の境地。
犯罪者の作者が、短歌を通して人間的にも成長している。
連続射殺事件の永山則夫死刑囚に通じる成長過程がある。
以前読んだ「無知の涙」にも、
獄中で、思想書をむさぼり読み、変わって行く、永山死刑囚の姿があった。
永山の場合は、社会や体制に対する怒りが、
書く事への原動力になっているのが、
島秋人の短歌は、社会にたいしての怒りはなく、
むしろ読む者に、透徹した印象をあたえる。
永山は、思想に目覚めることで、心の波紋を広げ、
島は文学を学び、心の波紋を静めた。
対照的な二人の心象風景がある。
「刑死の明日に迫る夜温し」
この「温し」と詠む作者は、
自らの生きている証である体温を、慈しんでいるのか。
冷たくされた世間に、いまは温もりを覚えたのか。
刑死は、明日に迫っている。
死を目の前にして、島秋人のこころは、澄んだ水面となる。


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