男たちの龍宮城

「まるで龍宮城みたいな店だなぁ」
吉行淳之介が、銀座のクラブ「姫」に最初に訪れたときの、
第一声だ。
10年程前読んだ、山口洋子著「ザ・ラスト・ワルツ」を
再読していると、吉行淳之介の「龍宮城」という言葉が眼に
飛び込んできた。
小説家、吉行淳之介は、「姫」を「龍宮城」に譬えた。
私は、浦島太郎の「龍宮城」は、男たちの夢の世界なのではないかと、
最近思うようになった。
鯛や平目の舞い踊り、毎日の豪華な食卓。
まさに、酒池肉林のめくるめく世界。
そんな「龍宮城」を求めて、男たちはネオンの海を泳ぐ。
上手に泳ぐ者もいれば、溺れてしまう者もいる。
山口洋子は、「姫」の女主人として沢山の男と女を見てきたろう。


 折れた煙草の吸殻で
 貴方のうそがわかるのよ
 誰かいい女(ひと)できたのね
 できたのね


中条きよしが歌った「うそ」という曲。
子供の頃、何故、折れた煙草でうそが解かるのか、
よく解からなかった。
山口洋子の作詞の謎は、オミズ大学に通うようになり、
なんとなく、わかったような気がする。


「酒場の客ほど乗せやすい反面、油断なく冷めてる人種もいない」
山口洋子のこの言葉は、銀座のマダムゆえに真実味がある。
オミズ大学を卒業する者、留年する者、学費滞納で除籍になる者。
艶やかな舞台裏での、女の戦い。
様々な人間模様が、そこにはある。
この本の中の、「姫」のホステスたちは、一見冷めているようで、
実は、熱いハートをもつ女性として描かれている。
毎日のように、嫌がらせにくるライバル店の経営者。
ママを守るために、体を張って経営者の男を撃退するホステス。
「男心に男が惚れて」
という歌があるが、
ママの心意気に、ホステスが惚れる。
そんな信頼関係がある。


「この店には筋のいい不良がいっぱいいて愉しい」
小説家の吉行淳之介近藤啓太郎が、「姫」のホステスをそう評したと、
山口洋子は、書いている。
筋のいい不良とは、粋人らしい表現だ。
かつよくオミズ大学を知りぬいた、小説家の二人らしい。
「姫」は、黒岩重吾野坂昭如五木寛之などが通った、
文壇クラブでもあったのだ。
「まさに命がけで遊び、命がけで書き、自らの血のいろで紡いだ文字を
生業としておられる先生がいた。誰でも書ける日本語の文字を
金に換える厳しさを、我を忘れて遊び惚ける狂態のなかに、
凄まじく一緒に嗅いでいた。」
銀座の夜に遊ぶ作家たちの生態を、山口洋子が見事に活写した文章だ。
そして山口洋子その人も、やがて作家の道を歩むこととなる。
「演歌の虫」で直木賞を受賞する小説家となる。


私も吉行淳之介の好む「筋のいい不良」そんなホステスが好きだ。
彼女達は、不良ではあるがどことなく、品の良さと人情味を感じるから。
そんな、勝手なことを書いている私は、
龍宮城の夢を見ている、オミズ大学の新入生だ。


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