甦る記憶


どれくらい前になるだろうか、二月に深大寺を訪れたことがある。
何故か梅の香が、鮮烈に記憶されている。
二月の深大寺は寒かった。
梅園は甘やかな香が漂い、早春の風情があった。
先日、白梅を頂き、水差しに活けている。
部屋の中は、梅の香に満たされている。
梅の芳香で記憶が甦り、深大寺を思い出したのだ。
あの頃は、やたら一人で武蔵野を歩いた。
心が神隠し状態になり、あてどなく彷徨していた。


更に、記憶は勝手気ままな旅をする。
白梅の香が、新たな記憶を呼び覚ます。
小金井の法政大学あたりで、バスを待っていた時の場面に飛ぶ。
バス停に佇む私の耳に、
突然、山口百恵の「ささやかな欲望」がどこからともなく流れてきた。

  
      生意気ですけどひとつだけ言わせてね 
      あなたを心から愛してた
      わたしはあなたを悪者にしたくない
      だから自分から離れて行く


当時17歳の百恵の哀切の歌声が聴こえた。
幻聴かと思ったが、確かに聴こえたのだ。
何故か、あの少女の固さを残しながら、
恋人と別れ行く女心をうたいあげる、百恵の声と、
固い蕾を膨らませ、白い花を咲かせる梅の花と、
記憶が重なったのかもしれない。


プルーストの「失はれた時を求めて」や小林秀雄の「モーツアルト
ではないが、記憶とは美しくも残酷なものだ。