波の塔


松本清張の「波の塔」のこんな文章に、魅かれる。


「頼子だけがいると思ってください。ほかには誰にもいないんです。
あなたと頼子とだけが・・・・・」
頼子は、言いかけた唇を自分で小野木の上にふさいだ。
濡れたあとの冷たい唇だったが、内側は火がついていた。


メロドラマ事立てのセリフだが、なぜか魅かれる。
人妻結城頼子と検事の小野木喬夫の道ならぬ恋。
「波の塔」は、官僚の汚職を暴く、正義感の強い若い検事と、
その、疑獄事件に関わる夫の妻との恋愛を軸に、
社会派ドラマと恋愛ドラマの二つの顔を持つ小説。
映画に、テレビに何度もリメイクされている。
わたしは、特にヒロインの頼子に魅了される。
例えば、頼子の着物の趣味にしても、渋派手で大人の女性の色香がある。
頼子の着物の趣味を批評している会話があるので、引用してみる。


「ねえ、とてもおちついた感じじゃないの。着ている着物だって、
未婚女性のものと違うわ。一越の白地にタテの銀通しを置いて、
グリーン、イェローオーカー、ローズピンクの配色で、
細かい印度ふうの更紗模様を紋織りにしているんだけど、
渋派手で感心したわ。」


「帯は、塩瀬だと思うんだけど、錆朱の型染めがとても利いてるわ。
着物には感覚の贅沢なひとだと思うし、未婚のかたとは思えないわ」


頼子は着物姿が映える30前後の夫人のような印象がある。
渋派手とは、どこか頼子の業のような気がする。
一見おとなしそうな印象だが、内面には熾きがある、
そんな女性ではないかと・・・・


「波の塔」は週刊誌「女性自身」に連載されたベストセラー小説。
松竹で映画化され、頼子を有馬稲子、小野木を津川雅彦が演じている。
最近では、2006年に、小泉孝太郎麻生祐未でドラマ化されている。
私は、歴代の結城頼子役では、佐久間良子が特に印象深い。