懐中時計の男
時は水無月。
ここは銀座四丁目。
和光の店内。
「あなたが身に着けたらお似合いの物があるわ」
沙希は九鬼に囁いた。
「身に着けるもの・・・」
「ええ、身に着ける物」
確かにここは時計売り場だがと思案する九鬼だった。
沙希の悪戯っぽい目が九鬼を見つめている。
着物姿の沙希。
萌葱の着物がクラシカルな店内でひときは映えていた。
それも水無月に花萌葱の色合を選ぶところが沙希らしい趣味だ。
花萌葱の薄い布の中で沙希の細いからだが泳いでいる。
それは清流を透けて泳ぐ鮎のような軽やかさがあった。
「あなたって昭和の男だから、
三つ揃えの背広と懐中時計がお似合いなのよ」
そう言って沙希は微笑んだ。
「懐中時計だから身に着けるか」
沙希の謎解きに、
むべなるかなと合点する九鬼だった。