もう一つの悲劇

純情きらり」を視ていて、ふとTさんのことを思い出した。
Tさんは、父の知り合いで、酒好きな、
酔うと民謡を唄う陽気な男の人だった。
当時、50歳前後だったと思う。
ただ、田舎が新潟にありながら、
お盆や正月にも帰省せずに、東京にいらした。
正月など、私の家で花札をしたり、
父と酒を飲んで、陽気に過ごしていた。
ある時、このTさんが何故正月やお盆に、帰省しないのか分かった。
Tさんは、若い頃出征され、
戦地で死んだことになっていた。
そう、死亡通知が実家に届いていたのだ。
ところが、Tさんは生きていた。
達彦(福士誠治)と同じ境遇だったのだ。
更にTさんの悲劇は、
結婚されていた奥さんが、実の弟と結婚していたことだ。
Tさんは、農家の長男だった。
戦後まもない頃の農家は、まだまだ封建的なところがあり、
家を息子が継ぐことが絶対だった。
Tさんの実家でも、跡継ぎのTさんが、
戦争で亡くなったことで、次男が跡を継ぐこととなり、
兄嫁と結婚したのだ。
弟と妻が結婚していた現実に、
身を引く決断をTさんはされたのだ。
毎年、実家に帰省しないのも、弟夫婦への配慮だったのだ。
Tさんの酒は、愚痴もこぼさず、恨みも言わぬ、いつも楽しい酒だった。
Tさんはその後、生涯独身を通した。
桜子(宮崎あおい)と達彦(福士誠治)が、
そうした、悲劇にならず良かったと思う。
Tさんのような悲劇、
体の傷ではないが、生涯消えない心の傷を負って生きた方、
そうした、もう一つの「戦争の悲劇」もあったのだ。