漂白の魂 杉冬吾


  うしろすがたのしぐれてゆくか

        種田山頭火(たねださんとうか)        


純情きらり」の杉冬吾(西島秀俊)は、同じ男としてどこか羨ましい存在だった。
夢と現実の狭間で、冬吾の自由なる魂が、
どうしようもなく現実に流される自分にとって、少し眩しかったからである。
杉冬吾の生き様、特に桜子(宮崎あおい)に出合った頃の彼に魅力を感じた。
無頼派であり、漂白の魂を持つ冬吾。
漂白の俳人山頭火のような根無し草ゆえに、無垢なる魂を蔵する。
杉冬吾が、苗子(寺島しのぶ)と結婚して、
一時友人に、絵がつまらなくなったと指摘される。
夫、父親、生活者としての、責任を果たそうと、
努めれば努める程、冬吾は芸術家として疎外される。


   「人間は自己実現の過程で疎外される」
            カール・マルクス



まさに、生活者として自己実現を目指せば目指すほど、
ある時期の冬吾は、身も心も引き裂かれたのではないか。
アンビバレンスな自己と静かに向かい会い、
格闘し、冬吾は、画家として、生活者として成長してゆく。
ともすれば、女性の視聴者に魅力的に映り、
分かりにくくもある、冬吾の魂の奥底。
それは、苗子の冬吾への接し方に象徴的に表現されている。
捕まえようとすると、スーとすり抜ける冬吾への戸惑い、
しかし、そんな冬吾をどうしようもなく愛してしまう苗子。



一見、文弱の徒に見える冬吾だが、男らしい一面もある。
それは、桜子をはじめとした、女性にたいしてだけではなかった。
達彦(福士誠治)が戦地から帰還して、アパシー(無力感)に苛まれたとき、
男同士、厳しく兄のように意見する。
「自分だけ幸せになっちゃいけない」
と言う達彦に、
「言い訳だべ」
と冬吾は警める。
突き放すことも愛情であること、それを冬吾は実践する。
一人っ子の達彦にとっては、桜子の愛情もさることながら、
冬吾の言葉も、長いトンネルを抜け出す、後押しとなっただろう。
現実から遊離しているようで、物事の本質を捉える冬吾の目の確かさがある。


さて、それにしても冬吾は謎が多い。
純情きらり」最終回の、桜子との今生の別れに見せた表情も、
呆然としているようでもあり、無表情にも見えた。
私はこんな空想を勝手にした。
「うしろすがたのしぐれてゆくか」
しぐれのなかに消えてゆく漂白の俳人山頭火
漂白の魂杉冬吾なら、そんな山頭火をどんな絵に描くのだろうかと・・・・


*「純情きらり」特別編放送予定 
 『純情きらりスペシャル〜桜子と達彦・愛の軌跡〜』
  NHK総合 12/16(土)21:00〜23:00