和解


疲れ切ってはいるが、それが不思議な陶酔感となって彼に感じられた。
彼は自分の精神も肉体も、今、この大きな自然の中に溶込んで行くのを感じた。


「暗夜行路」 志賀直哉著より


山登の途中、激しい腹痛のため、生死を彷徨う主人公、時任謙作。
謙作は動けない。
やがて、山陰の霊峰大山(だいせん)に夜明けが来る。
謙作は、己の精神と肉体が、大きな自然に溶けてゆくのを感じる。


時任謙作は、祖父と母の不義の子として生まれる。
さらに、恋して結婚した妻と、いとこが過ちを犯してしまう。
こうした、過酷な運命の中、自暴自棄に押しつぶされそうになる。
自らの生い立ちや、妻の不義に悩み、のた打ち回る謙作。



自らの生い立ちや、不義の妻と和解することは、
この世に生を受けた、自らの存在そのものを肯定し、認めることでもある。
自らに懐疑の念と憎悪さえ抱く謙作が、
生死を彷徨い、大山の自然に抱かれながら、夜明けを迎え、
自己を否定していた自分自身と和解し、魂を昇華する場面に、私は感動する。


私自身、母に、
「あまり幸せでない時期におまえは生まれた」
そんなことを、幼少の頃言われた記憶がある。
その言葉と、なかなか和解できない自分がいる。
「暗夜行路」を読もうと思ったのは、
そんな自分自身と葛藤、対話しながら、和解したい、
むしろ、母への反発ではなく、
己と和解がしたい、
そんな思いから、「暗夜行路」を読みたいという、
切実な欲求が生まれたのかもしれない。