ショートストーリー

生きめやも

ホステスたちが荒井由実の「ひこうき雲」の話をしている。 今日のお店は浴衣デー。 そんなホステスたちの中で、 ひときは涼やかな浴衣姿のチーママの沙希が、 「あまりひこうき雲って好きじゃなかった」 そんな話をした。 九鬼もそういえばあまり好きな歌で…

Hand in Hand

「手、暖かいんですね」 「わたしの手って、冷たいでしょう」 由紀子は九鬼と手を繋いで囁いた。 会議の後、慰労会でのこと、 由紀子はいつになく陽気だった。 よく飲みよく話していた。 50代の由紀子ではあったが、 小奇麗な彼女は年長のおじさま達のマド…

出航(SASURAI)

ブラインド越しの深夜の摩天楼。 男は食中花のようだと思った。 男は寺尾聰の「出航」(SASURAI)を聴いていた。 記憶のパンドラの箱が開き、 あるひとの匂いが突然甦った。 「おまえの匂いは記憶の彩りだけど・・・」 ちょうど、そのフレーズだった…

月の女

「私が死んだらお墓にタバコをお供えしてね・・・」 そう言って沙希は悪戯っぽく微笑んだ。 九鬼は少し真顔で、 「馬鹿なこと言うもんじゃない」 とたしなめた。 生意気で儚げで愛しい女・・・・ 九鬼はヨコスカの暗い海を思い出していた。 あの夜、海に吸い…

言えなくて

クラス会の帰り道、勇介と和美は、二人きりになっていた。 飯倉の少し奥に入った坂道。 ビル越しには、東京タワーが輝いていて見える。 「あの日和美、急にキスしただろう」 「まだ覚えているんだ」 「うん」 「ひとことが言えなくて勇介に」 「え・・・」 …

ホールインワンの別れ

ゴルフを始めた美知子。 クラブを思い切り振り、 白球が、紺碧の空に吸い込まれてゆく。 40の手習いで始めたゴルフだったが、 美知子にとって、日々上達してゆく自分を感じるのは、 悪くはなかった。 子育ても終わり、自分の時間を充実させたい。 そんなこ…

彼岸桜

彼岸過ぎの最初の月曜、洋子は会社を風邪で休んだ。 洋子は3月21日から3日間の休暇を取り、土日と合わせて、 5連休を取っていた。 洋子にとって、この5連休はけして楽しい連休ではなかった。 それは、洋子の夫が亡くなって、初めての彼岸だったからだ…

白い薬指

マレーシアのぺナンから、茜と由貴はモーターボートで真砂の小島に渡った。 この島は、周囲が300メートル程の珊瑚の島。 どこまでも、紺碧の空とエメラルドグリーンの海が広がっている。 由貴と茜、ともにバツイチの女友達だ。 「由貴はバツイチの先輩だ…